APPLE VINEGAR - Music Award -

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審査員

文:妹沢奈美 撮影:山川哲矢

PUNPEE “MODERN TIMES”

後藤「PUNPEEはね、選んでいいのかな、という迷いはあったんです。なにしろこの賞は新人賞とうたっているわけで。でも彼にはキャリアがある。ただ、流通に乗るようなアルバムとしては最初のものだし、何よりクオリティがすごく高くて。これは、アルバムを作ろうとして作った作品で、この10枚の中で一番、ストーリー性を意識して作られたものですよね。そうやって、アルバムっていうフォーマットを強く意識しているのも珍しいなと。プレイリスト的な作品では全くないですしね。だから、賞の私物化じゃないですけど(笑)、これは特別な賛辞を送りたい作品というか。まあ、僕より若いやつはみんな新人じゃないかなと開き直りつつ(笑)。去年を代表する1枚だと思ってます。新人かどうかという問いはありますけど、このアルバムは、ちゃんと話題になって欲しいという気持ちが僕の中にはあります。とてもユニークな作品です」

日高「PUNPEEのやってるPSGを誰かがTwitterに動画であげていて。これはくそやべえ、と思いましたね。とにかくいい曲で、ねむいのに寝れないっていうことを延々ラップして歌ってるんだけど、すごく良くて。動画自体は眠そうなキャラがシュールに登場するアニメになってて、今考えると、予算はあまりないから簡易的に作ったんでしょうけど、広げてくれよってところで。でも音源は一切なくて。で、そうしたらS.L.A.C.K.とかPUNPEEくんとかのメンバーが、誰かのライヴで客演しますとか、ファッション誌系のインタビューに答えてますとか、そんな感じに断片的に情報が集まってきてPSGって関東郊外の子たちのヒップホップグループらしいぞと。そうやって、21世紀のスチャダラパーがついに出た、みたいな空気が5~6年前にありましたね。去年PUNPEEくんがフジ・ロックに出たときは、超入場規制がかかってたし、俺も見たかった。ゴッチの言うように今更感はあるけど、アルバムの完成度はもう、文句ないですね。余裕があるし、今回の中で一番お金がかかっていそう(笑)。ちゃんとレコーディングされている感じです。リスナーの人が選んだら、ダントツで1位だろうなという気はしますね。もうフジ・ロックに出ちゃってるし(笑)」

福岡「私は、圧倒的やなと思いました。…すいません、すべらない話みたいになっちゃった(笑)。いやもうなんか、クオリティはとにかくすごいし、アイデアの数が半端ない。自分では絶対に行けない領域のものだなと言う感じがしたのと、音がめちゃくちゃよくて。ラップの切り際が全部違って、こんなにいっぱい持ってる人がいるんだというくらい、いろんなアプローチをしている。楽しそうだし、このアルバムも2057年の自分が今の作品について語っている、みたいなところからはじまって、2曲目で、酔っぱらっていてBACK TO THE FUTUREみたいに現在に戻る設定になるんですけど、それもかわいらしいというか、余裕があると思いました。聴いていてこっちも何のストレスもないし、どんどん引き込まれるけど、やっぱり新人じゃないような気はしました(笑)。内容が、新人じゃないなと(笑)。でもゴッチさんが言う、この作品に対して賛辞を送りたいというのはすごくわかります。過去の活躍を知らない人もいるから」

片寄「皆さんおっしゃってますけど、あらゆる意味でクオリティが高いなっていうのは、すごく感じましたね。これもミックスはTsuboiさんなんですね。でもさっきのJJJとはまた音の仕上がりも全然違う。この厚みのある質感もすごくいいな。あと彼のメロディーにはヒップホップの枠を超える、王道の強さを感じます。”Scenario (Film)”を筆頭に、楽曲としても素晴らしい。とにかく全篇スキルがすごいよね。アルバムが内包する情報量も圧倒的です。それが自分のような門外漢にも一聴して伝わってきた」

Okada Takuro “ノスタルジア”

後藤「これも選ぶかどうか悩みました。〈森は生きている〉がまずあって、それからソロで出したわけじゃないですか。しかも、これはちょっとマネージメントに関わっている音源なんですね。そういう作品は外そうと思っていたんです、フェアじゃないから。でも、それを差し引いても、このアルバムはやっぱり素晴らしいと思ったんです、外せないなと。PUNPEEと同じように、新人なのかという問いはあるんでしょうけど、今の東京の若い子たちのインディロックの中では、すごい作品が出たなと。 <はっぴいえんど> とインディロックの懸け橋になる1枚じゃないかなと思います。音作りも凝ってるし、レコーディングも凝ってる。とにかくクオリティが高い」

日高「多分、森は生きているあたりが、日本のドリーム・ポップの最初ですよね。盛り上がるな、と思った矢先に解散したからね。このアルバムは、自分のイメージに忠実にやるとこうなるんだな、っていういい例ですね。サービスは一切ない。ドリーム・ポップって基本、サービスのいいジャンルじゃなくて、ひたすら心象風景を描いていきますもんね。音楽的に、少なくとも自分の頭の中のイメージを描いていくから、それでみんな一晩中踊ってよ、という気概を凄く感じます。ヘッドフォンで聴くといいと思う。何も鳴っていない、音の間のことも岡田君は気にしていそう」

片寄「僕はすごくびっくりした、このアルバム。強いていえばフォーク・ロックが主軸にあると思うんだけど、すごく新しい作りだなって。聴けば聴くほど、ちょっとありえない世界というか。音像もそうだし、特にリズム・アレンジの組み方が考え抜かれていて。もしかすると一般的には地味な音楽なのかもしれないけど、これはすごいレベル。ドラムのチューニングもよかったし、ピアノの一つ一つの音も印象的だったな。不思議なのが、ゲスト・ヴォーカルが入っているんだけど、それもなぜか僕には岡田君の声に聞こえた(笑)。歌の質感が統一されていて、一つの楽器として同じような役割を果たしているからかも。つかみどころがないメロディーも多くて、決してキャッチーとは言えないんだけど、志がすごく高い。岡田君とは一度だけ会ったことがあるんですよ、曲者でね(笑)。彼からTwitterで『片寄さん、何かAORのオススメありますか?』ってDMきたからいくつか送ったら、その反応も面白かった。このアルバムを作った後、岡田君がAORにはまったというのには、ワクワクしてるんだよね。この志の高さに、日本人が好きなAOR的でちょっと湿った翳りあるメロディーが、キャッチーなものとして融合したら、化けるかもしれない。あと、ギターのセンスも凄いと思った。岡田君なのか、西田さん(吉田ヨウヘイgroup)のどちらが弾いてるのかわからないんだけど、”手のひらの景色”のフリーキーなファズ・ギターとか大好き。僕、あんまりギター・ソロって好きじゃないんですよ、自分も必要ないなら弾きたくない。だけど、このソロはずっと聴いていたいって思った。僕にとってそう思えるギタリストは、ニール・ヤングはじめ数人しかいないんでね。ちょっと驚かされました。とにかくなんてことなく聞こえるんだけど、普通じゃないんです、この音楽。だから、ちょっと興味がある人には、ぜひ聴いてもらいたいな。わかると思うよ、この面白さと凄さというか」

福岡「むちゃくちゃマニアックな人ですよね、音に。どうやって録ったか聞きたい音が、いっぱいありました。やる人はやるんですよね、こういう音作りを。でも、わりと諦めるのが簡単な時代というか、机でできちゃうし、予算を考えるとそういうのも増えていく中、すごく時間をかけて録ったとわかるこだわりがあって。一個一個のリヴァーブをどんだけ気にしてるんだろう、みたいなことがすごく伝わってきます。ずっと音楽をやってほしいですね。岡田さんがTwitterか何かで、お金がもうちょっとあったらいいレコーディングができるのにと呟いて、で、3秒で消したのにゴッチさんがそれに返信したと(笑)」

CHAI “PINK”

後藤「このバンドは突き抜けた感があるので、フックアップする必要がない気もする。すごいスピードで駆け抜けていきましたから。でも、ちゃんと世に出てきたのは去年なんですよね。彗星のような新人で、他の新人賞だったらCHAIがとるんじゃないかな。動画もよかったし、曲もいいし。コンプレックスを曲のテーマとして取り上げているところも面白いし、ジェンダーに関して一言あるところも素晴らしい。…チャットモンチーの頃って、ガールズロックって言われるのが気に食わない感じがあったと思うし、そういう風潮への反発がチャットモンチーのパンクっぽさを担保してたと思うんだけど、彼女たちはチャットモンチーのようなバンドたちのいろんなストラグル以降というか、女の子とか言わずに、もう普通に『カッコいいロックバンドだね』って言うべき時代にふさわしいロックバンドだと僕は思います」

日高「これは音楽のゆりやんレトリィバァですよね。若くて才能があって。海外に行っても全然通用するし、才能がありすぎちゃって今更俺たちがどうこう言わなくても大丈夫(笑)。俺、ガールズバンドのプロデュースいくつかしたんですけど、もう冠として『ガールズバンド』って必要ないですよね。特別じゃないというか、それはHAIM以降かなと。彼女たちがHAIMを好きかどうかはわからないけど、HAIMって自然体じゃないですか。CHAIもいろいろ逆手にとってカッコ良く見せていて、それもゆりやんレトリィバァっぽいですね。天才すぎちゃって、賞はもうあげなくていいんじゃないかと(笑)。俺らじゃなくても、誰か上げるというか。21世紀のZELDAでしょうね、これはもう」

福岡「私はわりと早い段階でCHAIちゃんを知って、めっちゃいいなって思ってました。今回、チャットのトリビュートもお願いしたんですよ。なんかもう、すげえの来たなと。しかも全員がすごいんですよ、4人全員がキャラが良くて。わたし、最初は逆輸入っていうんですか、海外でデビューしている日本人かと思ったんですよ。ちょっとチボ・マット的な、スーザンとか。でもDAWAさん(大阪のレコード屋FLAKE RECORDSの店主) に名古屋の子だよって言われて、えーっ、名古屋はこんなことになってるのって、好きになって聞いていて。今回のアルバムに関しては、彼女たちのインタビューも見たんですけど、女の子だから正直で、基本アルバムというものは飛ばして聴いてると(笑)。だから、飛ばされない曲を作るのを目標にして今回のアルバムを作ったと言うだけあって、全部かなりキャッチーで強い。そういうのも、ありな時代だなと。アルバムっていう概念が私たちの時代と全然違うから、それが強みでもあるし、発想が違うところでもあると思いましたね。こんなに楽しそうにやっていると、聞く人はバンドをしたい、こういうラップみたいな感じやってみたいと、衝動に駆られると思う。CHAIのコピー・バンドが増えるんじゃないかなと思いました」

片寄「あくまでロックバンドなんだけど、僕の耳にはダンス・ミュージックに聴こえるんですね。グルーヴがタイトだし、16ビートの感覚がすごく巧みでファンキー。とにかく演奏がカッコいい。あと声の、ちょっと張った瞬間がなんか、ビースティー・ボーイズのアドロックの声を聴いたときの『うわーっ』って上がる感じ(笑)あれと同じ興奮を与えてくれてね。キーに対してちょっと上ずった感じで入ってくるのがアドロック感あるのかな。これは人気が出るのもすごく良く分かるよ。あえて個人的な趣味としてのリクエストがあるとすれば、違った傾向の録音でも聴いてみたい。ハイレゾまで買って、じっくり向き合ってみたんだけど、この音をずっと聴いていると、なんかね、耳がちょっと疲れちゃったんだ。もっと伸びやかで奥行きある、それでいて迫力を削らない音でレコーディング〜ミックスされたらどうなるのか興味がある。でもそんなことどうでもいいかと思っちゃうくらい、バンドのアレンジやアティチュードもいいし、全ての楽器のセンスが素晴らしい。すごい才能の4人ですね」

Yogee New Waves “Waves”

後藤「このアルバムも去年ではすごくクオリティが高くて、良かったなと言う作品ですね。なんなんだろうな、あまりにもいいバンドで、それに尽きる。彼らの曲って、僕が使うような言葉遣いじゃないんですよね。こんなことをこんな風に歌ったら、ぜったいに顔が赤くなるわっていう(笑)。そういうところがあるんですけど、スッと入ってきて、恥ずかしさがない。健吾君って、白いTシャツをいつもジーンズに入れてるでしょ? そういうスタイルがちゃんと、音楽になっている感じ。テレがないのがいい。説明のつかない魅力があるんですよね。彼らについては、レコードよりもライヴの方が好きですね。何がいいって、自分たちのやり方でやっているのがいいんですよ。流行ってるものとか、全く関係ない(笑)。日本語も、全然崩してないですよね」

日高「Yogeeって、お客さんたちも自分たちもうっとりできますよね。それがすごい意外だったというか。曽我部君とかは、自分たちにうっとりできないからモチーフとしてのはっぴいえんどを持ってきていたけど、Yogeeはそれをカッコいいと思ってやってるのが、いいですよね。曽我部君とかはもっと、サンプリングとかのつもりだったと思うんだけど、Yogeeは全然違うんですよね。ロマンチックで、でも整いすぎてない感じが、いい青さに繋がっている」

片寄「僕、角舘君と2人で弾き語りライヴをやったことがあるんですよ。人間的な魅力にあふれた人でね。パーソナリティと彼の表現する世界が一致していて嘘がないから、何を歌われても恥ずかしく感じないのかもしれない。意識的なのか、無意識なのか、ネオアコ的な青さをすごく感じる音楽。で、そこに乗る彼の声、その声質の中に僕は、松山千春とか、昭和の日本人シンガーにあった成分を感じるんだよね。そのズレが、むしろ魅力的で。頭2曲とか16ビートのファンキーな曲をやってるんですけど、CHAIに比べると全然ユルくてイナタイんですよ。でもその感じが、彼の声が持っている日本人の郷愁をくすぐる何かと、絶妙なマッチングをみせてくれるんだよね。だけど僕は16ビートより、ちょっとはねたロックンロールをやっている彼らが好きだな。すごくキラキラしていて、笑顔にさせてくれると同時に、わけもなく切なくて泣きたくなる感じ。特に“Like Sixteen Candles”は名曲だと思います。」

福岡「わたしは、外国から注目されそうな日本人バンドだなあ、って。何て言うのかな、スポットライトがあたっている円のところにしか向かっていないというか、やりたいことがちゃんとあって、表現したい場所も明確で、日本語の入れ方がめちゃくちゃ日本語らしくて。全然、洋風のメロの感じになっていないのが、珍しいなあと思いました。何て言ってるんだろう、って外国の人が気になりそうなメロディーのつけかたをしてますよね。だから、この歌を英訳したくなるんじゃないかな、という感じがしました。日本語をすごく大切にしているのか、それをナチュラルでやっているのかわからないんですけど、そういう意味でも独特ですね」

折坂悠太 “なつのべ live recording H29.07.02”

後藤「これはライヴ盤なんですけど、本当に良かった。ライヴ盤を候補に入れるのかどうかも悩んだんです。でも、この作品は本当に良く録音されていると思ったんですよね。ものすごく迫ってくる。特別にクリアな音ってわけでもないし、上手く説明できないんだけど、この人のこの一日のライヴのエネルギーがちゃんと録音されているアルバムだから、評価したいなと。次のアルバムを待てないくらいこのライヴ盤がすごかった。そういう感覚で選びました。こういう音楽がユニバーサルに響くんじゃないかなっていう気がしますね。外国人が聴いたら、日本のトラッドに聞こえるかもしれない。今後、どういうスタジオ・アルバムを作っていくのか楽しみですね。こういう人がメインストリームに出てきたら、日本の音楽業界が変わっていくのかなと。期待したいですね」

日高「ある意味、問題作ですよね。俺は、新しい向井君みたいな感じだと。向井君も一人でやるときは鬼気迫る感じで、でも彼の場合は自分を上げてスイッチを入れて音楽に向かっているんだろうけど、折坂くんはたぶん、そのままスーッときてスーッとこのテンションでやっちゃう感じがする。会ったことがないからわかんないけどね。でも、生き様を歌います感があるし、テーマが壮大すぎちゃって『スーホの白い馬』を読んでるような…大陸が見えてくる(笑)。スケールがでかいんですよ。すごすぎて。なんだろう、すごい大物になるか、全然理解されないかのスレスレじゃないですか。変わり者だと思うんだよな、でなきゃこんな編成でやろうと思わないだろうし。この、未完成な感じなんだけどそれでもいいです、とむき出しな感じでやっているところが、アメリカのシンガー・ソングライターっぽい。でも、そういう音楽は全然聴いていなさそうだし恐ろしいですよ、この作品は。売れる売れないはわからないけど、超すごい。売れて欲しいんだけど、売れたそうな気配があまりない(笑)」

福岡「なんか、語る切り口が難しいですね。すごく、人間として響いてくるところがあるのが自分でもわかる。大地がほんとに見えるし、匂いが懐かしい。知っているようで、音楽をやっている身としては、知らない音楽だこれ、知ってるような匂いはあるけど、みたいなのがすごくある。音がめちゃくちゃいいですね。わたしは、この感じをずっと真似したいと思ってるんです。ちゃんとそこにいて、配置されている音が聞こえてくる。いつか真似したいなと思っているんですけど、なかなかできないじゃないですか。だからこの感じ、すごくうらやましいって思いました」

片寄「とにかく声の力が凄くてフィジカルな魅力がある。正直なことを言うと、音楽的には僕のわからない世界なんです。それでも肉体的に訴えかけてくる強いものを感じます。ギター1本持って彼が目の前で歌ったら、涙する人もいるんじゃないかと思いました。素晴らしいミュージシャンですね。バンドの演奏と録音もいい。ピアノの音色がとてもイマジネイティヴで、聴いていると映像が頭にいろいろ浮かんできたな。無駄なことをせず間引かれたアレンジも心に響きました」

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